ひきこもり時代の同僚の死に寄せて

ひきこもり時代を支援施設で共に過ごした友人が亡くなった。

最近連絡がとれなくなり両親が自宅を訪ねると既に亡くなっていたらしい。死因は詳しくは知らされていない。

彼と最後に会ったのは去年の11月で、その頃彼は支援施設を出て一人暮らしを始めること、働きながら学校に通いなおすことなどを考えていて、先に施設を出ていた自分は少し相談(というほど長く話せたわけではないが)を受けた。

自分は彼が進学を考えていた学校に通っていたこともありそのことについて聞かれたが、期待しすぎるのはよくない、割りきって通うのがいいんじゃないかと答えた。彼もそのことについては同意していて、それでも何か自分の将来の展望やコンプレックスを乗り越えるうえでそうするのが良いと考えているようだった。

葬儀のあとに聞いた話だが、その後彼は施設を出て一人暮らしを始めたものの、学校に通う前に親に紹介されて始めた仕事が辛く、やりがいもなく、かなり負担になっていたそうだ。なにもそんなに焦らなくても、と傍から見れば思うが当人にとっては道筋をつけるのに必死だったのではと思う。

彼は真面目に深刻に考えすぎるところがあって、自分の年齢や今までの経歴を考えて、これがうまくいかなかったらもうだめだと考えていたんじゃないだろうか。親との関係も、けして若いとはいえない自分の年齢を引け目に感じて自立に対するプレッシャーを必要以上に感じてしまっていたんじゃないだろうか。親も、きっとそういったことを考慮しつつもあえて突き放すことで自立を促そうとしていたんじゃないだろうか。

亡くなる数日前に、ふらっと施設を訪れて施設時代の同僚とかなり深夜まで話し込んだらしい。少しパニックになっていたようだ。もう少し何か言ってあげれれば彼は死なずにすんだんじゃないか、最後に彼と話し込んだ同僚はそう言っていたけれど、はたして言葉で人が救えるのだろうか。かける言葉がなかった。

彼とは自分もよく話をした。自分より3つ年上だったが不思議と話しやすくなぜかため口で話してしまっていた(他の年上の同僚とはけしてそんなことはなかった)。深夜に音楽をかけながら麻雀をして、麻雀が終わった後も名残惜しくだらだらと話し込んだことが懐かしい。彼はけして暗い性格ではなく(精神的な問題は抱えていたにせよ)彼が居ると会話が弾み場が和むところがあった。中心ではないが彼の話題から皆がぞろぞろと集まり自然と4・5人の会話の輪が生まれることがよくあった。

なにが彼をそこまで追い込んだのだろう。うまくいかなくてもそのことを共有できる場があればよかったのになあと思う。

葬儀の間中感情という感情が全く出てこなかったが、葬儀後みなで集まって飲みながら、ふと、ああここに彼が居ればもっと楽しいのになと思った。

真面目に考えすぎる彼らしくせめて考えに考えた末の結論であったならと思う。苦しく思い悩んだ日々が終わり、次は安らかなものが訪れることを願ってやまない。